小さな町の小さなお店。世界中から訪れる誰もが惹かれる、「普通の中華料理屋」の秘密。

飛騨の食事処巡り「のれんの向こう側」vol.1 平安楽

<この連載は…>
旅先で、地元の人との心に残る出会いをしたことはありませんか?飛騨では”当たり前”の振る舞いが、実は別の地域から来る人には最高のおもてなしになっていることがあります。飛騨の普通がとても素晴らしい。この連載は、お店とその店主を通じて、そんな”普通”に迫る連載です。

 

東京から車で6時間。大阪からも車で4時間。周囲に山が連なる人口わずか8万人の町、飛騨高山。
この町に、世界中からのお客さんが途切れることなく訪れる飲食店があります。

世界最大の旅行のクチコミサイト、”トリップアドバイザー”の飲食店部門で全国第1位になったこともあるこのお店。名前は”平安楽”です。

お店のメニューは、チャーハン、ラーメン、野菜炒め、餃子。特にここにしかないものというわけではないし、とても高級だったりとても安かったりするわけでもありません。

それでは何が、世界中からの旅人を虜にしているのでしょうか。
世界中からも、地元の人からも愛されているそのお店の「秘密」はどこにあるのでしょうか。


<古くからの日本家屋を活かした作りの店構え>

平安楽は1963年に創業しました。現在お店を切り盛りするのは2代目古田洋さん、そして妻の直子さんです。当時のお客さんは地元の人がほとんどでしたが、現在は地元の人はもちろん、世界中からも毎日たくさんの人が訪れます。


<店主の古田洋さんと妻の直子さん。この笑顔がお客さんの心を虜にします>

「普通の”町の中華料理屋”なんだけれど」と妻の直子さんは笑います。

「でも”町の中華料理屋”はなんでもあるの。ラーメンも、トンカツもスパゲッティも。和食屋でスパゲッティが出るのは変だけど、町の中華屋さんならどんなものがあってもいいみたいなところがあって。お客さんが”いい魚が手に入ったからちょっと料理してよ”なんてお店に持ち込むようなこともできちゃうのもここ」


<“中華料理とは限らない”平安楽のメニュー。この日のランチメニューはハンバーグ入りカレー>

2代目として受け継いで約20年。先代から受け継いだメニューは、今もそのまま残っています。餃子、ラーメン、チャーハン…。

ただ、20年の歳月の中でお客さんからのリクエストに応えていくうちに、どんどん新しいメニューが追加されていったそうです。
例えば”ベジ餃子”。ベジタリアンのお客さんがいらしたときに、「メニューにはないけれど、材料もあるし、作れないことはないから作ってみるか」と作ったのが始まりなんだとか。

その後も同様のリクエストに応えていくうちに、多くの料理が定番メニュー化していきました。

ご主人の洋さんは実は理系の学校のご出身。お料理も理系的に考えて、工夫をして様々なリクエストに応えます。
「例えばスープでも、植物性のスープを作って後から動物性のものを加えれば、ベジタリアンの人にもそうでない人にも対応することができるでしょう」


<”理系の脳”でお料理を作る洋さん。英語も堪能です>

20年前に英語のメニューを始め、10年前からはベジタリアンメニューも対応できるように。さらに3-4年前にはアレルギー対応も始めました。

そのような対応ができるというクチコミが広まると、ベジタリアンやアレルギーを持つお客さんがやって来るようになりました。


<カウンターには手作りのお惣菜が並びます。奥には英語のメニューや世界中から届いたポストカードが所狭しと貼られています>

平安楽では注文が入ってから、材料を切ったり、ソースを作り始めます。
客席は12席あります。店内がお客さんでいっぱいになると、二人で切り盛りするのは大変なのでは?

「同時にお客さんが入ると大変だけれど、少しタイミングがずれるとなんとかできるよ」とお料理担当の洋さん。

「それに、待っていただく時間さえも楽しんでもらえるように、コツがあるからね。すぐにお料理を出せない分、お客さんに”自分は放って置かれていない”と感じてもらえるようにするの」とホール担当の直子さん。

その”コツ”のひとつは、ちょっとした小鉢を出すこと。取材の日にお店のカウンターに用意してあったのは、飛騨の郷土料理、”ころ芋”でした。小さなじゃがいもを甘辛く煮たものです。

「お腹が空いたまま5分も10分も待つのはイライラしちゃうでしょう。じゃがいもパワーはすごいからね」と直子さんはにっこり。


<郷土料理のころ芋。外国人にも人気とのことで、レシピを聞かれたときに渡せるようにと、英語のレシピも用意してあります>

平安楽に隠されている秘密はそれだけに留まりません。「小道具も実はたくさんあって」と直子さん。


<外国人のお客さんには、折り紙の折り方と共に折り紙を出したりすることも>

お客様が外国人の場合は、地図を見せながら”どこから来たの?”と聞いてみたり、折り紙を持ってきて手裏剣の作り方を説明してみたり、挿絵がたくさんある日本語と英語が書かれている本で日本の文化を説明してみたり。

洋さんがお料理を作っている間、直子さんが様々な方法でコミュニケーションすることで待ち時間が短く感じられたりするための工夫をしているのだそうです。


<店内にはお客さんと会話のきっかけになりそうな本がたくさん並んでいます>

他にも、日本酒を頼むときには全種類、お猪口で味見してもらってから決めてもらったり、地酒の名前の由来を説明したり。

「ただ何かを頼んで飲むのではなく、自分がどんな意味のお酒を飲んでいるのか、わかって飲むと感覚が全然違うでしょう」


<店内に並ぶ日本酒には、日本語と英語でネームタグがつけられています>

実は、日本酒の名前を説明するのには、もうひとつ意味があるのだそうです。
それは、このお店でお客さんが美味しいと思ったお酒を、今度は酒屋で買って帰ることができるから。
平安楽のお客さんが、このお店だけではなく、地域の他のお店に足を運ぶきっかけになる。
二人は、地域全体が長続きするように、お互いの店が支え合っていくことで、地域に貢献できると考えています。

観光地として名高い飛騨高山。とはいえ、日本には他にも素晴らしい場所や、有名な観光地はたくさんある。他と差別化できることといえば、”おもてなし”で差をつけることだと洋さんは言います。
「一人一人の”また来たい”を繋いでいくことが、長くこの地域を守っていくためにできることだと思うから」と洋さんはさらりと言います。

「また来たい」と思ってもらいたい対象として、最近は外国人が増えてきました。それでも、地元の人は飛騨流の「おもてなし」をしてくれます。

「飛騨の人ってね、本当に優しい。お店が混んで来ると、”みんなは遠くから来てるんだし、いつでも来られる地元の人が譲ってあげなきゃね”って席を譲ってくれるの」

そして、席が空いている別の日に”今日は満席じゃないんやな!それならお邪魔しようかな”って来てくれるのだそうです。

50年同じ場所でお店を営業していると、地元の人はお店の外から様子を見れば、お店が混んでいるか空いているかがわかるようになって来るのだとか。
「地元のみなさんがお店の状況を感じ取って、“いいタイミング”で来てくれるから、こっちも、”こないだはごめんな。一品付けとくさ”なんて感じでまた関係が続いてくの。外国人のお客様が多くても、やっぱり地域があってこその商売だから」と直子さん。

この20年の間、こんな変化もありました。
毎年1月1日はもともと定休日だったのですが、数年前、お店を開けることにしたのだそうです。それは、ある地元の人の言葉がきっかけでした。

”正月に開いてるお店がなくて観光客が困っとるんや。なんとかしてくれないか”と、お二人が相談を受けたのだそうです。

「お店を開けてみたら、観光客以外にも意外と地元の人が来てくれて。そのうちみなさん、毎年ここで宴会をやるようになってね。毎年恒例になったから、私たちも毎年お店を開けることにしたの」と。
お二人のお店が、地元の人からも愛されている様子が言葉の端々から伝わって来ます。


<店内のカウンター席。開店後間も無く、地元のお客さんや海外からのお客さんで満席になる>

自分たちが決めるのではなく、周りの方に合わせて自分たちが変化していく。
ベジタリアンやアレルギー対応メニューも、禁煙への移行も、お正月の営業も常に”流されるまま”続けて来たというお二人の営業スタイル。

インターネットの書き込みも見て、その要望をヒントにお店に変化を取り入れていきます。
その際も、良い評価ではなくて、悪いところを見るようにしているのだそうです。その理由は、悪い評価を付けた方がなぜそう思ったかを知れば、自分たちがそこを改善していけるから。

「お客さんは期待してお店に来るのだから、満足できなかったら気の毒なことでしょう。お客さんが残念な気持ちになってしまうことに比べたら、自分たちが悪い点を指摘されて傷つくことなんて大したことはない。自分がやりたいお店をするというより、周りの要望に合わせて自分たちが変化していけばいいと思う」とお二人。

「ベジタリアン・ビーガン・アレルギーの他にも、宗教とか、LGBTとか、いろんな背景のお客さんが来るでしょう。これからは多様な形に合わせられる姿勢が必要になっていくと思うから。プロダクトアウトではなくて、マーケットインの考え方というのかな」と直子さん。


<直子さんは、一人一人のお客さんを毎回外まで送り出してくれます。直子さんの笑顔で送り出されたお客さんは、最後まで心がホカホカのまま帰っていきます>

お二人のお話の中に終始共通していたこと、それは、「みんなに喜んでほしい」というただシンプルな思いでした。ビジネスの鉄則も大切かもしれません。
でも、それだけではこの多くの小さな工夫を20年間続けていくことはきっと難しかったでしょう。目の前の人に喜んでもらえることを日々積み重ねていくこと。

「お客さんがいてこそ。地域があってこそ」その謙虚な思いが伝わり、今日も地元からも世界中からもたくさんのお客さんが、そのお店ののれんをくぐっていくのでした。

平安楽
住所:〒506-0025 岐阜県高山市天満町6丁目7-2
電話番号:0577-32-3078
営業時間:11:30-13:00,17:00-20:00

白石 実果(2017年度ライター)
白石 実果(2017年度ライター)

世界各国で暮らしながら旅をしたのち、飛騨古川に移住。国際NGO、ITベンチャー、外資系メーカーを経て、現在は英会話講師・通訳案内士・暮らしのデザイナー。古民家のセルフリノベーションをはじめ、パーマカルチャーの視点を取り入れた循環する暮らしを営んでいる。

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