飛 騨未来の地域編集部準備室

初めて住む町、訪れる町。地域とのつながりはどこでつくる? 歴史を紡ぐカフェで今日も生まれる、あたらしい出会い (前編)

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文・写真:白石 実果

この記事は、前編と後編に分かれています。後編はこちら

飛騨古川の町には、築100年の古民家を改装したカフェ、「壱之町珈琲店」があります。このちいさなカフェは、今から18年前にオープンしました。壱之町珈琲店には毎日たくさんの人が訪れます。0歳の赤ちゃんから90歳を超えたおばあちゃんまで。

 

今回は、壱之町珈琲店に訪れるお客さんのうちの一人、青木和子さんに話を聞きました。青木さんはこの町に住みながらNPO法人で理事・心理カウンセラーをしています。

飛騨古川出身、そして今も飛騨古川に住む青木さん。青木さんにとって、壱之町珈琲店はどんなところなのでしょうか。

 

「壱之町珈琲店には気持ちを休めたいときに来るかな。私にとってここは、ほっと一息できるところ。こんなにたくさんの人がいるのに居心地がいい場所なの」

「私ね、あんまり地元が好きじゃなかったの。“当たり前”や“普通”は人によって違うはずなのに、人と人の距離が近いこの町では“あるべき姿”や“価値観”を押しつけられているような気がして、それが苦しかったの」
そんな青木さんは、中学校卒業後にこの町を出て、「外」の高校を卒業したのち、この町に帰ってきます。その後、自分の店を営むかたわら、地域おこしの活動に積極的に関わっていたといいます。この町を盛り上げなければ、と、がむしゃらに取り組む毎日でしたが、あるときはっと気づいたそうです。
「ここに住む人が楽しく生き生きと住んでいれば、自ずと人が集まってきて町は元気になっていくもの。どんなにがんばっていても住んでいる人が息苦しいと思っていたら意味がないんだ」
そんな気づきをきっかけに、青木さんはこの町で楽しく過ごせていなかったことを理解しました。

 

「私、人からどう見られているかということばかり気にしていたのよね」

 

まさにその頃の青木さんは、小さな町の価値観の中で、人からどう思われるかを気にしたり、地域活性化の活動を頑張るあまり、心身ともに疲れ切ってしまっていたのだそうです。そして無理してみんなに良い顔をしていた自分に気がつきます。

店内にひとつだけある大きな一枚板のテーブル席。個々が思い思いの席に座ります。

 

「そんな頃に、ふと壱之町珈琲店に来たの。そしたらね、『自分はあるがままでいいんだ。誰の評価も気にしなくていいんだ』って思えたの。このお店ってどんなお客さんもその人そのままを受け入れてくれるんだよね。大きなテーブルが真ん中にあって、どこに座っても良くて。田舎によくある喫茶店のような、常連さんが集っていて、みんないつもの席に座っていて、入ってきた人はみんなが話している輪の中に入らなければいけないようなお店ではなくて。ここはいつもたくさんの人がいるのに居心地がいい場所。一人で本を読んでいてもいいし、会った人とお話ししてもいいし、何もしなくてもいい。私もその頃から壱之町珈琲店に自然と通うようになったの。このお店に通うのに明確な理由はなくて、ただ居心地がよくて、ただここが好きだから来るの」

 

この大きなテーブルは、青木さんにとって居心地のよさの象徴のようです。

 

「なんだかこのテーブルは、家族のテーブルみたい。当たり前のように、みんなが自分らしく心地よくいられる場所」

 

ふんわりとした雰囲気を纏いながらいつも珈琲を飲んでいく青木さん。そんな柔らかな彼女の空気感には、このお店とのそんなストーリーがあったのでした。

もうおひと方、このお店の常連さん。東京から飛騨へ移住した松本剛さんにお話を伺いました。
松本さんは、全国で森林の事業をしているトビムシという会社で、飛騨の木を使った商品の開発をしています。東京の本社に勤めながら全国の様々な地域に関わっているなかで、東京での暮らしをずっと続けるのではなく、地域で暮らしながら仕事がしたいと思うようになり、飛騨古川に移住しました。2011年9月のことでした。現在は飛騨を拠点に東京やその他の地域を行ったり来たりしながら仕事をしています。

 

「家とか職場ではできない考えごとをしたいときや、ぼーっとしたいときに一人で来るんだけど、実は、そういうときって ”一人になりたいけれど、ほんとに一人にはなりたくはないとき” なんだよね。それが都会のカフェとは違うところ」

 

本当に一人になりたいときは、ここは不向きだから、と松本さんは言います。

 

「この場所は、自分のキャラクターに合っているのかもしれない。僕はみんなでわいわい話すというのはそんなに得意じゃなくて、基本的に一人がいいんだけど、本当に一人ぼっちだと寂しくなっちゃう。このお店では、知り合いに会えば軽く挨拶はするけれど、会っちゃったから話さなきゃいけないという感じではないんだよね。会った人と話したいことがあったら話し込んだりもするし、挨拶だけのときもある。そういうこのお店の空気感が自分の感覚と合っているのかもしれない。純子さんは、お客さんに声をかけてもくれるし、放っておいてもいてくれる。そういう感じだから、このお店に来るお客さんもそんな感じの空気感。温度と湿度が調整されている空間みたい。心地がいい、程よい距離感。なかなかない場所だよね」

店内にはテーブルの席のほか、この町らしい古民家の造りを生かした座敷の席も。

お仕事で飛騨を訪れるお客さんを連れてくるときもあるのだそうです。

 

「仕事のお客さんにこの町を紹介するとき、壱之町珈琲店は必ず見てもらいたい場所だと思ってる。ここは、この町で自慢したい場所のひとつ。ここは古川という町の魅力を体現していて、『これが僕の好きな飛騨古川だよ』って言える場所。古川の魅力って、美しい伝統的な町並みと、その家一つ一つをちゃんと住む場所として人が使っていて、みんなが心地よく暮らしているところにあると思う。壱之町珈琲店はその魅力がよく表れている象徴的な場所。このお店は建物も古川らしい伝統的な建物だし、お客さんとお店の人との距離感も古川らしい魅力がそのまま感じられる。程よい暮らしや人間関係とか全部入っている場所だよね。初対面のお客さんに対しても、純子さんはいつもの感じで柔らかく接してくれるでしょ。古川に初めて来た友達や仕事の人に『あ、いいとこ住んでるね』って言ってもらいたいから絶対連れてくる場所」

 

あったかいのに近すぎない。そんな雰囲気が18年も続いている陰には、実は見えない「たくさんの人の気持ち」があるのかもしれません。

壱之町珈琲店の看板メニュー、カレーライス。これを目指して来るお客さんも多くいます。

「きっと、お店をやっていくときに、“お店のことをわかってくれてる常連さんさえ来てくれればいい”とか“商売と割り切ってドライに”とか決めて営業する方が楽なんだろうけれど、このお店は、“あったかくて、でも、近すぎないその良い塩梅の距離感”を保ち続けてるんだよね。開店以来18年の間、いい塩梅であることを諦めずに、ずっとチューニングし続けてきた結果のこの雰囲気なんだろうなと思う。それを維持していくことは意識的にがんばらなきゃできないことなはず。だからこそ、その心地よさを壊さないようにお客さんも自然と協力したいと思える。地元の人も、旅行者も、移住者も、みんな誰もがここに来ると、誰かと出会うことができる場所。そういう場所をつくることって、実はすごく難しいと思う」

 

お店の人の暮らしも、お客さんが大切に思う。そんな関係性がそこにはありました。

 

「前にね、連休中の稼ぎどきにもかかわらず、お店が臨時休業だったとき、店先に“親族が集まるBBQに参加するのでお店やすみます”って書いてあったことがあって。この商売っ気のなさ。東京とかだと、売り手と買い手という関係になってしまうけれど、ここではお店の人とお客さんという線引きがすごく曖昧。“あ、BBQなら仕方ないですよね”って思えるお店なんだよね。“お店の人だって人間だし、その人の暮らしもあるから”って思える。顔の見える範囲で経済が回っている古川の町の雰囲気と、このお店の持っている雰囲気がそうさせるのかな。前に東京のイベントでカレーを何十人分も作ることになったとき、道具とかオペレーションについて純子さんに相談したことがあったんだけど、惜しげもなく壱之町珈琲店のカレーのレシピを教えてくれたことがあったんだよ。カレーはこのお店の看板メニューのはずなのに、材料の銘柄まで全部教えてくれて。それも関係性の話につながる気がするんだよね。お客さんとお店側という線引きがないことのいい例だよね」

 

松本さんは、この町に引っ越してきて、このお店のどんな場面を見てきたのでしょうか。
「自分が見て来た範囲でしかないけど、この数年間でこの町で生まれた新しい取り組みは、このお店がなかったら生まれなかったものもあるんじゃないかなと思ってしまうんだよね」と 語る、松本さん。
「都会のコワーキングスペースみたいに、ここにきたらこんなものがあります、みたいなわかりやすいことは言えないのだけれど、ここはむしろそう言い切るよりもじんわりと小さな変化が生まれる場所だと思う。UターンやIターンの人たち、地元の人や移住者の人、毎日いろんな人たちがこの町で暮らしながらいろんなことに挑戦するなかで、その出会いや話し合いの場所のひとつに必ずこの場所があって。いろんな人の人生を変えているんだろうけれど、そんな大層な言い方よりも、毎日の暮らしやその暮らしが少し変化するきっかけの場面には、実はこのお店の存在があった、という方がしっくり来る。そういう場所がある町って意外と少ないんじゃないかな」

 

自身も、新しいことに挑戦するときはいつも、このお店でそっと背中を押される気がするという松本さん。このお店に立ち寄ることで、前向きな気持ちになれる人は多いのかもしれせん。

この記事は、前半編と後半編に分かれています。

壱之町珈琲店

  • 住所:〒509-4234 岐阜県飛騨市古川町壱之町1-12
  • 電話:0577-73-7099
  • 定休日:火曜日(臨時休業の場合もあるので、事前にFacebookページでご確認ください。)http://bit.ly/2i8uhtG

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