飛 騨未来の地域編集部準備室

何もない奥飛騨だからこそできる。山で働き山で遊ぶ、森田祐樹さんの暮らし方

タグ

文・写真:沖中 大志

標高2156m、西穂高口駅の展望台からは穂高連峰、槍ヶ岳、笠ヶ岳などの北アルプスの壮大な景観が目前に飛び込んでくる。かつてはアルピニストだけにしか目にすることのできなかったこの景色。しかし、登山経験がなくてもこの眺望を楽しむことができるのが、新穂高ロープウェイである。

日本唯一の2階建てゴンドラで、2156mの雲上の展望台へ

繁忙期には一日1500人以上が訪れるこの場所で、観光客の思い出作りのお手伝いをしているのが、兵庫県出身の森田祐樹さん。日本全国で観光写真事業を展開している、株式会社文教スタヂオでカメラマンとして働いている。

―たまたまたどり着いたのが、ここ奥飛騨

「もともと、奥飛騨に来るつもりはなかったんです。長野に行って山に登ろう、と思っていて。上高地でカメラマンの求人があったので応募してみたら、スタジオの寮がある奥飛騨に住むことになったんです。上高地って、長野県のイメージがあったので、最初はびっくりしました。あれ? 松本より、岐阜からの方が近いんだって」

自転車で日本全国をめぐる旅を終え、上高地で働きだしたのは2016年8月のこと。閉山期となった11月からは新穂高ロープウェイに仕事の拠点を移し、働きながら趣味の登山を楽しんでいる。

ー「夜がしっかり暗い」ということ

「都会に住んでいるときは気付かなかったのですが、星ってけっこう明るいんですよ。夜は暗いのが当たり前なのに、それを実感できる場所が都会にはないですよね。今は新平湯温泉という地区に住んでいるんですが、寮から少し歩くだけできれいな星空が見えますよ。天気によっては、オリオン座がどこにあるのか分からなくなるくらい、たくさんの星を見ることができます」

周りを山に囲まれた奥飛騨は、決して便利なところではない。近くにコンビニも、映画館も、ショッピングセンターもない。しかし、だからこそ見える景色があるのかもしれない。

―贅沢すぎる従業員特典

営業が始まる1時間前。機材の準備や展望台の安全確認のため、森田さんは従業員を乗せた朝一番のロープウェイに乗って出勤する。

「初出勤の日に、ゴンドラからとてもきれいな雲海が見えたんですよ。でも、驚いているのは僕だけみたいで、少し恥ずかしい思いをしました。他にも、ブロッケン現象や天使の梯子など、条件が揃わないとなかなか見ることのできない自然現象が頻繁に見られるのは、従業員の特典ですね。募集要項に社宅、社保完備は書いてあったけど、こんな特典があるなんて、どこにも書いてなかったですね。ラッキーでした」

 

※ちなみに、ブロッケン現象とは太陽などの光が見る人を通り越した所にある雲や霧に散乱され、見る人の影の周りに虹色の光輪となって現れる現象。天使の梯子とは雲間から光が漏れて、太陽光線の柱が地上へ降り注いで見える現象のこと。森田さんが働く場所は、地元の人でもなかなか見られないというこれらの現象を通勤で見られるという贅沢な職場環境なのだ。

西穂高口駅から見える雲海

―職場も山、遊び場も山

「休みの日も、ほとんど山にいますね。仕事の時も山にいるので、時々、働いているのか遊んでいるのか自分でも分からなくなる時があります。職場が登山口になっているので、仕事に向かう同僚の車に一緒に乗せてもらって、同僚は仕事、ぼくは登山。帰れなくなると困るので、終業時間に間に合うように下りてきます。ときどき、写真を撮ることに夢中になりすぎて慌てて山を駆け下りてくる、なんてこともありますね。でも、山の景色って、どこを見ても本当にきれいなんです。一人なのに、たまに声が出るくらい」

住み始めて半年足らずというのに、登った山は7座にもなるという。なかでも焼岳は、8月にここに移り住んでから夏冬あわせて5回以上登ったという森田さんお気に入りの山。上高地からもその悠然とそびえる姿を望むことができる。

噴煙を上げる焼岳は、百名山にも選ばれた北アルプス唯一の活火山
上高地から見上げる焼岳

「日帰りで3000m級の山に登れて、下山後は温泉でゆっくりできる。元気が残っていたら、その後奥飛騨にきて知り合った友人とバーベキューやキャンプをすることもあります。一日でこんな体験ができる場所は、日本にはあまりないんじゃないかな。関西にいるとなかなか2000mを超える山に行けないので、今の環境はほんとうに幸せ」

こう話す森田さんの表情は、好きな遊びに没頭する少年のように、生き生きとしている。

インタビューの最後に、どうしても聞いてみたかった質問をしてみる。

―なぜ山に登るのか

「なぜあなたはエベレストに登りたいのか」と問われて、「そこにエベレストがあるからだ」と答えたというイギリスの登山家ジョージ・マロリーの逸話は有名だが、森田さんにも「そこに山があるからだ」的な、いかにも登山家らしい答えを期待しつつ聞いてみた。

「う~ん。ほんと、なんででしょうね? 実際僕も自分がこんなに山に登るようになるとは思ってもみなかったし。初めて仕事で登山に行ったときも、ただただしんどかった思い出しかなくて。あるとき暇でお金も無くて、でも写真を撮りに行きたいから近場の山でも登ってみようか、と思ったのがきっかけかもしれません。今では山に登りたくて北アルプスに滞在する程の山好きになっている自分の変化が恐ろしいくらい。でも皆そんなもんなんじゃないかな。たまたま山に登るきっかけがあって、登ってみたら思ったよりも綺麗で楽しくてまた登りたいって思った、みたいな。そこからは人それぞれでのんびり登山をする人もいれば、命がけみたいなルートを行く本格的なクライマーになる人もいる。登らない人からすれば『登山をする人』っていうのでひとくくりかもしれないけど、実は『登山をする人』の中にもいろんな人がいるんです。僕が山に登る理由はすごく単純。そこが綺麗で楽しいから。でもそれは僕の理由であって他の人は違うかもしれない」

冬の西穂独標

 

冬山に登ったのは、意外にも今年が初めてだそう。

山肌がすっかり雪に覆われるこの季節。森田さんにとって、山に登るのに季節は関係ない。一見、過酷なことをしているようにも見えるが、その理由は至ってシンプルだ。自分の「楽しい、好き」を貫いている人はとてもカッコいい。

【好評連載中】

ページの先頭へ戻る