飛 騨未来の地域編集部準備室

ある飛騨人の暮らしとなりわい~民藝と古民家~

タグ

文・写真:朝倉 圭一

岐阜県高山市、飛騨地方と呼ばれるこの地域は古事記にも名を残すほどの深い歴史や文化が今も脈々と受け継がれる土地です。どうしてそのような土着の風土がいまも受け継がれているのか?

この土地に生まれ育ちながらそれはながらく不思議に思っていたことでした。

 

今回【地域の魅力】を取材するなかでひとつの気付きがありました。それは、この地域で出会う楽しそうな人や生き生きしている人はみんな、この地方だからこそできる【貧しくとも豊かな暮らし方】を選び、根を降ろして暮らしている。ということでした。

それは地元の人も移住者もおなじでした。

生活とそれを支える生業が絶妙なバランスで共存していること、そしてそれが可能な資源や環境が整っていること、僕が行き着いた地域の魅力の正体です。

 

この記事は、一人の飛騨人について、彼をよく知る人たちに取材をし、そこから見えてきた魅力を伝えようというものです。

取材のなかで多くの人からでた三つのワードで彼の暮らしと、その生業の魅力に迫ってみ

たいと思います。

飛騨の冬

キーワード・その1【暮らし方】

「ミニマムな暮らしだけど大きな社会課題に対してアプローチしている」 30代男性 観光業

「古民家を移築したことで共感する人が集まれる場所を作った」 30代男性 木工関連

「ものごとをじっくり噛み砕いて生活に落とし込んでる」30代男性 コワーキングスペース運営

「暮らしながら働くことを体現している夫婦」30代女性 木工関連

 

彼は妻とふたりで高山市の中心から20分ほど離れた山に囲まれた小さな集落で暮らしています。

夫婦の暮らす家は築150年の古民家で、理想の暮らしを営ために同地方の集落から移築をしてきたもの。

そこを生活と生業の拠点としています。

どっしりと根を降ろして暮らしている印象で取材中も「奥深い・よく考えてる」といった言葉が多く聞かれました。

古民家の移築風景

キーワード・その2【人柄】

「人として会いに行きたくなる」30代男性 教師

「移住者だと思ってたら地元民だった」20代女性 物販

「ぽっと出の見た目だけの人だと思ったら骨太な考えをもってた」30代女性 デザイナー

「少し入った集落だけどわざわざ会いに行きたくなる」30代男性 木工

 

人間性が魅力のひとつであり、自宅がお店なので会いにいくことで暮らしぶりも見えることが魅力につながっているのかもしれません。なかにはこんな意見もありました。

「意外とポテトチップスとかハンバーガーが好きで最近太ってきた」20代男性 デザイナー

「自分の弱点を知ったうえで立ち振る舞ってる」20代女性 NPO勤務

「マイルドにみせて戦いを挑んでるイメージ」30代女性 木工関連

片意地はらず自分らしく振舞うことは案外魅力になるのかもしれません。

自宅からの風景

キーワード・その3【働き方】

「暮らしと生業が一体化していて生業で会話してる」20代女性 木工

「暮らしぶりが営業にもなってる」30代男性 木工

「売り物で自分を表現してる」20代女性 木工

 

仕事がそのまま語る言葉となって暮らしと同じ線上にあるというのは無理がなくてとても気持ちのいいことですね。思えば旅館を営んでいた僕の祖母もいつもそんな話をしてくれました。

いつか泊まりに来た不思議なお客さんのこと、畑のこと、お客様への気くばりのこと。

その話はどれも祖母の経験してきた様々なものごとを祖母のフィルターを通して言葉に変えたもので、実感をともなった物語として、時に笑い話に時に教訓として語られました。

 

いつからか僕らは生業と営みを分けて暮らすことに慣れてしまったのかもしれません。

 

古民家で彼ら夫婦が生業として選んだのは【器屋さん】。

お店に並ぶのは日本各地を旅して見つけた、暮らしを彩る友のような健康的で飾り気のない民藝のうつわです。

全国の民藝の器を扱うセレクトショップ

【民藝とは】

大正末期に提唱された『生活文化運動』のことです。華美な装飾を施した観賞用の工芸品よりも、名も無き職人の手から生み出された日常の生活道具の中にこそ用途に則した「健全な美」が宿っているという「美の見方」「美の価値観」を唱えるものです。

 

民藝のことを紐解くと見えてくる【生活文化運動】【日常の生活道具】とは地方での暮らしにも当てはまることかもしれません。

そしてその土地の風土から生まれた様式、その最たるものが民家です。

華美な装飾で飾られた家より名も無き職人の作った古い家は【健全な美】を育ててくれる器となります。

そこには健康な風が吹き、健康的な人が集うことでしょう。

 

さて3つのキーワードで彼の魅力が少し見えてきました。

 

ここで、この記事を書く執筆者である僕の話を少し書きたいとおもいます。

いましばらくお付き合いください。

 

 

僕は飛騨高山で産まれて17歳から24歳まで名古屋で暮らし、25歳の時に地元高山に帰ってきたUターン者です。

地元に戻ってしばらくして地元の企業に就職し会社員として働きはじめました。

楽しいことばかりではなかったですがこの暮らしも悪くないな…と思い始めた2011年。東北で震災がおきました。

 

TV越しで惨事を見ていた僕は、自分には自由に生きる機会と時間が与えられている。「なんとなく暮らす」なんてことはもうできないと思いました。

だから飛騨で好きなことを生業にしたい。その方法を考えた時、以前から言葉を知っていた【民藝】という思想を思い出し本を開きました。そこにはこう書かれていました

【土地の風土からうまれる健康的な仕事】

【信の法則と美の法則とに変わりはない】

かみなりに打たれたようにかんじました。それまで別々のものだと考えていた暮らしや働くこと、美しいと感じるものごとは、同じ法則で説明できるというのです。

食い入るように本を読み漁り、全国の民藝館、お店、作家の元を尋ね歩きました。

 

そして、暮らしながら仕事をすること、都会では出来ないこと、飛騨だからできること。【民藝】という言葉で、これまで積み重ねてきたすべての点が線として繋がったのです。

 

今回の取材は、一人の飛騨人について、彼をよく知る人たちに取材をし、そこから見えてきた魅力を伝えようというものでした。

 

【彼】をよく知る人たちにした質問。

 

それは……

 

「僕のことをどう思いますか?」

はい、彼とは僕自身のことでした。

 

どうしてそんな遠回りな取材をしたのかと言いますと今回の取材で僕は悩みに悩んだのです。

 

冒頭に書いたように、今回【地域の魅力】を取材するなかでひとつの気付きがありました。それは、この地域で出会う楽しそうな人や生き生きしている人はみんな、この地方だからこそできる【貧しくとも豊かな暮らし方】を選び、根を降ろして暮らしている。ということでした。

 

そこで僕の考える理想の暮らし方をしている人を探したのですが、100パーセント全身全霊でこの人だ!最高!といえる人とは出会えませんでした。

もちろんみなさんすばらしい方ではあったのですが、短い取材期間では僕には語りきれないと感じてしまいました。

 

そして、ある日はっと気がついたのです。理想の暮らし…それは、ほかでもない自分たち自身の暮らしなのではないか?と。

 

よくも悪くも自分たち以外に自分の理想に近い人はいなかったのです。出来るかぎりのことをして片意地を張らず、野菜やお米を作り、自分たちのペースで仕事をする。そしてそんな暮らしを魅力として伝える。

 

当たり前に価値を見出して、暮らすように働き、永続的な暮らしを営みたい。

そんなことをいつも考えていたら、たくさんの人が遊びに来てくれる場所としての家も自分の想いを伝えられるお店も理想とした集落に溶け込んだ暮らしも全部が形になっていました。

自分たちみたいにたくさん悩みながらでも、やりたいことをたくさんの人に相談して、叱咤激励されながら向き合っていけば自然と形になっていくこと。

全然かっこよくもないし、持って生まれた才能でも特別優れたことがあるわけでもなく、出会う人がみんなおせっかいないい人ばかりで、僕らはいつも助けられて暮らしています。

 

ここに暮らすひとが地域の価値であり、魅力なんです。

 

飛騨はよいところです。なにより僕らはそう感じて日々暮らしています。

特別なことは何もいりません。ここで暮らしたいと思ったら来て下さい。

ここにはあなたのことを受け入れてくれる仲間やおせっかいな住人がたくさんいます。

そして、僕らもそんなおせっかいな住人の一人です。

いつでも遊びにいらしてください。狭いけど濃い暮らしがあなたのことを待っています。

【好評連載中】

ページの先頭へ戻る