飛 騨未来の地域編集部準備室

すべて旅するように飛騨にたどり着き、働き、暮らす

『トミィミューズリー』
トム・スタインマンさん & 尾橋美穂さん

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文・写真:田口 真由美

 

移住を考える時、まず気がかりなのが「仕事」。

飛騨は選ばなければ働き口には困らないと言われます。が、選択できる職種が限られているのも事実。でもこれは逆に、やりたい仕事を自分で創り出せる大きなチャンスとも言えそうです。

そのネームバリューを活かせば、都心部に、全国に、果ては世界に向けた発信も有効な「飛騨」。仕事のタネは、そこら中にあるのかもしれません。

 

高山中心部の商店街で、ミューズリー専門店『トミィミューズリー』を営むトムさんご夫婦は、飛騨へ来た時から全てが自然のなりゆきだったと言います。今日にいたるまでの変遷は、仕事も暮らしも、肩の力を抜くことが楽しくなるコツだと教えてくれているようです。

オーストラリアから、奥飛騨へ

トムさんご夫婦が飛騨へ来たのは30年前。

場所は奥飛騨温泉郷でした。山岳景観と温泉の素晴らしさは世界的にも有名ですが、だからと言うわけではなく、導かれるように来たと言います。

 

スイス人のトムさんと京都・舞鶴出身の美穂さんが出逢ったのは、オーストラリア。

トムさんは2年にわたる世界旅行の途上、美穂さんはワーキングホリデーで滞在中の出来事でした。

自然とともにありたい・生きたいと考える者同士が、まさに大自然のまっただ中にあって、惹かれ合わないはずはありません。

ずっと一緒にいようと決めたお二人。結婚は先の話となるものの、これぞ運命の出逢いと言えましょう。

そのとき偶然にも、日本の温泉宿の仕事を辞めて来たという日本人旅行者二人と知り合います。

「自分たちが抜けてしまった分、人手不足となった宿を手伝ってくれないかって……。住み込みなら、当面暮らしていけるので興味を持ちました」

美穂さんの帰国時期にあわせ日本へ向かおうとしていたお二人にとって、“渡りに船”とはこのこと。

自然に寄り添う暮らしを夢見るお二人に、「飛騨」というキーワードが魅力に映ったのも当然です。

「これが、東京へ来てという話だったら乗らなかった」

美穂さんは断言します。

大地に根ざして生きる自分たちをイメージできた場所。それが「飛騨」だったのです。

 

いきなり決まった飛騨行きは、途中の大阪・名古屋といった“都会”には目もくれず、小さな山ふところだけをめざす旅でした。

「30年前といえば、今ほど外国からの観光客はいなかったし、外国人を見たことがない人も多いでしょう? あるおばあちゃんが感激して、まだ日本語を話せないトムの手を握りながら『もう死んでもええ』って……(笑)」

飛騨で宿、居酒屋、カフェ、そして……

旅をしているときは「客」の立場だったトムさんが、もてなす側へまわって芽生えた「お客さんを喜ばせたい」という気持ち。それは宿泊客と接するほどに強まってゆきました。

 

とりあえず来てしまった飛騨に、拠点を築こうとなった時、料理好きでもあるトムさんが自分の店を持ちたいと考えるのは自然な流れでした。ほどなく人づてに空き店舗と借家を紹介され、高山の町なかへ移ります。

トムさんたちの独立自営の暮らしが「洋風居酒屋」から始まることとなったのです。

 

このお店は景気の良さにも恵まれて繁盛し、10数年順調に続きます。

この頃からトムさんは家庭菜園でささやかに野菜を作り始め、それを知った人づてに郊外の畑を借りることになります。土にふれること、自分で育て収穫する野菜の味は、お二人にとって何ものにも代えがたい喜びとなっていました。

そうなると「ここの畑もやらないか」といった話が来るのは必然。トムさんが耕す畑の面積は、年を追うごとに広くなってゆきました。

 

そしてある日。畑の貸主さんが所有していた住居用の土地が売りに出されることを知ります。

「その土地、ウチが買います!」

かくして畑の傍らに家を建て、暮らしの拠点は里へ移ります。まさに「導かれるように」大地に根ざした暮らしが実現するのです。

 

この間にお子さん3人が生まれて、美穂さんは子育てに追われることに。

この時期は一番忙しくてキツかったと語る美穂さんですが、食事の後片付けや掃除洗濯など、家事はお子さんたちにもキッチリ担わせたそうです。親から言いつかった“仕事”の割り振りを長男が決め、弟妹二人がそれに従い働く姿は、同級生や近所の人から「生活共同体」と呼ばれるほど。

子ども心にも大変だったようで、お兄さんの采配が不満だったか、末のお嬢さんからはいまだに「だまされた」とぼやかれるのだとか。

 

美穂さんとしては、子供たちには自立してほしかったと言います。

「野菜も人間も、過保護はダメだから」

畑も一部をお子さんたちの好きに使わせたそうです。

子どもたちを“一人の人間”として扱うトムさんご夫婦のもと、お子さんたちはのびのびと「畑」で遊び、任されることのやりがいを知り、責任を学んでいったに違いありません。

 

スイスの朝食に欠かせないシリアルは、健康づくりに最適

そんな中、今度は高山駅近くでカフェ開業の話が持ち上がります。

“いただいた話に乗る“。

これは飛騨へ来る時からの、お二人の変わらぬスタンスのようです。

 

市の文化会館に入ったカフェは、イベントや会議に訪れる客で賑わいました。10年間営業するうち、自身の畑で採れた野菜を使うランチも評判になります。店主の人柄と居心地の良さが口コミで拡がり、各種イベントにも活用されるようになって、店は地域の人たちの大切な憩いの場となってゆきました。

 

そして2016年。

トムさんたちに、再び“転機”が訪れたのです。

工房が併設された店舗。作り立てが並びます

あたためてきた「夢」の実現へ

ミューズリー専門店がオープンしたのは、その年の暮れ。

移転の話が起きたのを機に、1年前からカフェで製造販売を始めていた「ミューズリー」を経営の主軸とし、再出発に踏み切りました。

 

オーツ麦にナッツ類をミックスした「ミューズリー」は、トムさんの故郷スイスで生まれたもの。一家の朝食には欠かせないもので、スイスへ里帰りするたび大量に買い込んで日本へ持ち帰ったそうです。

もともとお子さんのおやつも市販品でなくおにぎりを握っていたくらい、食は健康に欠かせないと考えるご夫婦。療養食から始まったこのシリアルを、優れた健康食品として日本に広めたかったと言います。素材が持つ本来の美味しさを味わうことは、自然を味わうこと。その幸せをお客さんと共有したい一心で、試作をくり返してきたお二人でした。

「ミューズリー」は、自然の一部として生きたいという、トムさんたちの一貫した思いが凝縮したものなのです。

 

原料・調味料が厳選されたオリジナル商品『トミィスイスミューズリー』は、やさしい味わいと甘さに満ちていて、素材本来の風味を求める人や健康に気を使う人など、固定客は確実に増えてきています。

 

とはいえ、日本ではまだまだ知られていない「ミューズリー」。

その販売が軌道に乗るまで、店ではカフェも営業して収入を確保しつつ、都心への出店も視野に入れた商品開発とリサーチを進める予定です。

ゆくゆくは主原料のオーツ麦を飛騨産のものに。夢は膨らみます

そしてもちろんこの一件も、物件探しから何から「人づて」。

納得するまで妥協せずトコトン探しつづけるお二人に、周囲の人たちは根気よく付き合い協力してくれたと言います。

そこには、外から入ってくる人に慣れた観光地の特性と、旦那衆文化に見る面倒見のよさと言った、高山が培ってきた気質があるのかもしれません。

また、トムさんの根底にある、故郷スイスの気候風土が育んだ大自然と歴史・文化への畏敬に、高山の人が心の奥深いところで共感していたのでは、と美穂さんは考えています。

 

6、7年空き家だった店舗の改装や中庭の片づけは想像を絶したものの、大変だったと語るお二人の表情は、軽やかでさえあります。

「基本あまり深く考えてない」

と笑うトムさん。何があってもいいほうに考えるとも言います。考えすぎると動けなくなる。行動してみてダメだったら路線変更すればいい。

「でも、あくまで仕事。趣味じゃない」

だからいい加減な気持ちでは動かない。信頼を得ることが「商売(=仕事)」の基本だと、トムさんは肝に銘じています。

 

「地域の常識」にとらわれない

旅の延長のように飛騨へ住みついたトムさんご夫婦は、仕事も旅するようにどこか自由です。

それができたのも、信頼を寄せてくれた人たちの口利きがあればこそ。

「なりゆき」まかせは、お互いを認め合った人同士のつながりの上に成り立っているのだとわかります。

ただ、決して流されることはありません。

「幸せは人それぞれ違う。だから、人からこう言われたからとか、こうあるべきなんて、狭く考えないほうがいい。全てバランスが大事。皆と同じこともやらなくていい。大切なのは、自分がどうしたいかです」

 

トミィミューズリーがあるのは、高山中心部の商店街。残念ながら今はシャッター通りと化しているところです。が、そのこともトムさんは気にとめません。

 

「気に入った店ならば、立地に関係なくお客さんは足を運んでくれる。店に駐車場がなくても大丈夫。商店街の時間貸し駐車場があるのだから。都会では、そういうところに駐車して店へ行くのが普通でしょう?」

 

交流人口の多い高山は多様な価値観が混在し、それぞれの生き方・考え方の可能性も無限大。だからこそ、トムさんたちのように、芯は強く、フットワークは軽くあれば、仕事も暮らしも心地よく、結局は望むほうへ進んでゆくのかもしれません。

自家製の甘酒を合わせるなど、食べ方も提案

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