特集 Feature

移住者を知るみなさんに聞きました

コロカルの飛騨特集に登場している、魅力ある飛騨地域への移住者の方々。
彼らは周りから見てどんな人なのか、移住してから地域にどんな変化があったのか。
同じく飛騨にお住まいの、彼らのことをよく知る方々にお話を伺いました。

Vol.07 生活に薬草を。より良い暮らしを紡ぐ飛騨のローカルデザイン

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塚本さんと一緒に、暮らしに薬草を取り入れた : 佐藤たか子さん、重田百合子さん

飛騨市は薬草の活用に積極的なまちだ。その文化の醸成に関わってきた佐藤さん、重田さんと薬草の関わりは15年ほど前から始まった。今でこそ飛騨市で薬草シンポジウムが開かれるまでになっているが、当時は興味のある人たち集まり、調査活動と勉強を始めたばかり。畦畑集落に越してきた塚本さん夫婦とはその頃に知り合い、少しずつ繋がりを深めていったという。徐々に飛騨市に根付いていった薬草文化、その歴史を見てきたおふたりに、薬草が結んだコミュニティについて話を聞いた。

薬草と人を結びつけた、塚本家の存在

佐藤さん
「最初は、トマトや大豆の加工を行ったり、エゴマを育てたり、飛騨にもともとあるものを活かしたプロジェクトをやろうと思っていました。その中で、15年ほど前に薬草に興味を持ち始めたんですが、当時は徳島大学の先生が来て勉強をはじめたばかり。まだほとんど何も分からない状態でした。その後、勉強していた方の中から何人か集まって、山水女(さんすいめ)と呼んで活動をスタートさせたんです」

山水女は、毎週第三水曜日に集まっていたことで命名されたそうだ。当時から、佐藤さん、重田さん、塚本さん夫婦を中心に、薬草を暮らしに取り入れる実験を行っていた。大学教授や行政職員を中心に、薬草に興味のあるメンバーが塚本家に集まり、「この薬草はこう使うといいよ」とアドバイスをもらう。一般の主婦が、生活の中で薬草をどう使えばいいのか、みんなで試行錯誤していたという。

佐藤さん
「東亜子さんとはその頃に知り合ったのですが、思ったことをスパッというタイプで、飛騨の人にはあまりいない性格。出会った当初から、話しているだけでたくさんの刺激を受けました。そこから、友達も連れて家に遊びに行くようになって、徐々に塚本さんの周囲に集まる皆さんと深い関わりを持つようになりましたね」

身近にある薬草の価値を広める

かつて、飛騨市(旧古川町)では環境デザイナーと協業し、地質や植生、歴史や文化といった地域資源について、自然科学、文化人類学の見地から基礎調査を行っていた。多くの施策を考える中で、未来を見据えた健康社会をつくりたいというまちの動きもあり、地域資源のひとつである薬草について、さらに専門家と共に掘り下げていくことになったという。

古川町農村資源調査(環境デザイナー廣瀬俊介氏)

重田さん
「私も昔から薬草には興味があって、ドクダミをお茶にしたり、オオバコを取ってきたり、いつもの生活のなかに薬草がありました。ただ、なんとなく効能を知っているだけで、具体的な薬効までは知らなかったんです。佐藤さんや東亜子さんたちと一緒に活動をする中で、より興味が湧いていきました」

佐藤さん
「実は、飛騨市は脳血管疾患の割合が多いんです。それを少しでも減らせたらいいね、という話もあり、それに薬草が活用できたら・・という思いがありました。それで、血流をよくして血管のつまりを予防するメナモミの苗をつくって色んな人に無料で配りました。たくさんつくりすぎて、もういくつ人にあげたか分からないくらいです(笑)」

「メナモミは、ビニールハウスに種を植えて育てるのですが、はたから見ると雑草を育てているようにしか見えないんです。他にも、ハコベ(ヒヨコグサ)なども育てるのですが、そういった薬草は誰も見たことがないわけではなくて、全部みんなの身の回りにあるもの。その種が自分の畑に来たらいやだな、と思ってしまうくらいのもの。それを育てています」

佐藤さんが最初に試したのはハコベで、重田さんはヨモギ。本当に身近にあるものを取り入れ、そこから少しずつ裾野を広げていったそうだ。それは塚本さんたちも同じで、東亜子さんは、薬草を料理に入れる場合は自分で納得いくまで試して、それから人に出す。薬草を知らない人にも興味を持ってもらえるように、どうやったらおいしく生活に取り入れられるのかを日々研究中だ。

佐藤さん
「理想としては、手間暇かけて暮らしにもっと薬草がはいってくればいいのだけど、私は手軽に取り込めればと考えてしまうこともあります。その点、重田さんは料理に取り込むのも上手。でも、こういった活動ができるのは、塚本家に集うみなさんのおかげで、私は難しいことは分からないけど、皆さんの知識を分けていただきながら活動できる。これは嬉しいことです」

科学的根拠に基づいたデータベースの構築と、暮らしへの落とし込み

薬草は身近にあるもので、ふだん見向きもしないものも多い。飛騨ではずっと昔から、ドクダミを使ったりスカンポ(イタドリ)を絞ったり、身近にある薬草を使う文化があったという。当時の古川町が行っていた研究では、岐阜県をはじめ製薬界のドクターや微生物界の研究者とも連携し、古川中の薬草を調べていた。それを分析しデータベース化したというから驚きだ。これを基にして、薬草と暮らしが徐々に繋がりコミュニティが形成されていった。

古川町薬用植物調査(九州大学・徳島大学)

重田さん
「私たちは知識をもらっているけれど、塚本さんたちのところに行けば、もっとたくさんのことを知ることができる。料理にどう取り入れるか、相談もできる。いまは若い人たちにも知ってもらう機会が増えたけれど、欲張らずに活動を通して薬草のことを少しずつ広げていきたいと思っています」

飛騨市で今も広がり続ける薬草コミュニティ。その背景には、山を歩き薬草を研究し、地域の人たちが暮らしに取り入れてきた歴史があった。移住してきた塚本さんたちと、そこに集まる人々が紡いてきた文化は、いま新しい価値観を持つ若い方にも受け入れられ始めている。この地域で静かに続くムーブメントは、これからも目が離せそうにない。

薬草を取り入れた、あたらしい暮らしがあるまち

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