岐阜県の北部に位置する、自然豊かな飛騨地方。なんと面積の 90%以上を森林が占めており、「ほとんど森」と言っても過言ではない。
しかしその「森じゃない」数パーセントには、世界遺産の白川郷や古い町並みが残る飛騨高山・飛騨古川など、外国観光客にも人気の観光地が点在する。
山あいの田舎に暮らしながら、世界中の人と出会える? そんな、なんとも不思議な場所で話を聞いた。
「本格的に外国人観光客が増えたのは、『ミシュランガイド』で飛騨高山が三つ星を獲得した10年前から」と振り返るのは、飛騨高山で伝統料理を提供する『民芸食事寿々や』若旦那の白川哲平さん。
現在では外国人客が 8〜9割というこの店だが、海外ゲストが増え始めた頃は対応に試行錯誤したという。アメリカ留学経験がある白川さんはある程度の英語なら話せたが、ヨーロッパ諸国や東南アジアなど英語圏以外からのゲストも多く、挨拶やメニュー説明に必要な言葉を中心に勉強する努力を重ねてきた。その知識はスタッフ内でも共有し、「thank youしか話せなかったパートさんが、ホールで働くうちに英語で接客出来るようになっていた」という逸話もあるほど。ベジタリアンなど食文化の面でも柔軟に対応するおもてなしは SNSの口コミで広がり、「あなたに会いに来た」と声をかけられることもあるのだとか。多くの国の「ありがとう」は言えるようにしているというが、「最近言えなかったのはブルガリア。まだまだ勉強が必要」と語る熱心な姿勢に人気の秘密を見た気がした。
飛騨では近年、ゲストハウス型の宿泊施設が増えている。ホテルや旅館と違う特徴のひとつは
「コミュニケーション」の部分といえるだろう。共用のラウンジで時にはお酒を交えてくつろぎながら、旅行者同士や地元民との交流が生まれる。高山駅近くにある「ゲストハウス桜花」のスタッフ上山剛史さんは「世界遺産の白川郷を目指して来る人が多いが、他にもこんな魅力があるよ! と紹介していきたい」と話す。空き時間には自ら町を探検することもあり、歩いてみるとまだまだ多くに知られていない魅力的な場所が発見できるという。交流が盛んなゲストハウスだからこそ出会えるスポットを楽しんでもらえるのが喜びなのだ。
春〜秋は欧米や中国系、冬には東南アジアの暖かい国から雪を見に訪れる人が増える。季節によってどこの国から訪れるかがはっきりと分かれており、その背景にあるさまざまな文化を知りながら、新たに知ることが多いという。自身もバックパッカーとして海外を旅した経験のある上山さんは、世界の旅行者が訪れる飛騨に惹かれ、昨年移り住んだばかりの移住者。いつかはこの地で自分のゲストハウスを開業することを目指している。「地元と旅人を繋げてくれるゲストハウスの存在が、移住の後押しをしてくれた。これからは地域の人とも積極的に交流し、旅人や移住者と飛騨を繋げる役割をできたら」と夢は膨らむ。
「山奥にこんな美しい町があったとは」飛騨を訪れた人から、こんな感想をもらったことがある。決して都会からのアクセスが良いとは言えない飛騨を目指す人は、鉄道やバスに揺られてひたすら緑の中を進む。「この先に本当に観光地などあるのだろうか」と思い始めた頃、日本らしい佇まいを残した町があらわれ、優しい人々が歓迎してくれたことに感動したのだという。
2016年には、飛騨びとが伝統を守ってきた高山祭・古川祭がユネスコ無形文化遺産に認定された。ここでの暮らしはこの先、ますます世界の人との出会いが日常になっていくだろう。今でも、近所を散歩中に道を聞かれることも珍しくない。「日本の美しい田舎で、優しい人々が迎えてくれる」いつまでもそんな印象を持ってもらえたら、最高の名誉ではないか。これからもフレンドリーに観光客を迎える国際的な「田舎モノ」として、この場所で暮らしていけたらと願う。