いつもそこにある町の食堂。 昔も今もこれからも。変わらないことの価値

飛騨の食事処めぐり「のれんの向こう側」vol.2 ちとせ

<この連載は…>
旅先で、地元の人との心に残る出会いをしたことはありませんか?飛騨では”当たり前”の振る舞いが、実は別の地域から来る人には最高のおもてなしになっていることがあります。飛騨の普通がとても素晴らしい。この連載は、お店とその店主を通じて、そんな”普通”に迫る連載です。

 

日本中から、世界中から観光客が訪れる飛騨高山。

高山駅にほど近い街角に、昔からの風情が残る食堂があります。

店先には焼きそばの文字。お店の名前は「ちとせ」です。

 

飛騨の人にあなたのソウルフードは?と聞くと、

「ちとせの焼きそば」や「ちとせの中華そば」という答えがよく返ってきます。

 

「高校生の頃に土曜日のお昼はここで焼きそばを食べた」

「日曜日のお昼は家族全員で行くのが習慣で、

お父さんの中華そばの具を子どもたちが奪いあって食べた」

 

ちとせに関する思い出になると、地元の人は話が止まらなくなります。

どうしてこのお店は、飛騨の人の心をとらえて離さないのでしょうか。

そんな秘密を知りたくてお店を訪ねました。

 

今回お話をお伺いした3代目の真理子さん。料理は注文が入ってからひとつひとつ丁寧につくる。

ちとせは、真理子さんの祖父の清一郎さんが、昭和32年に開きました。

お店を始めたばかりの頃はカステラなどのお菓子やうどんなど、色々手がけていたそうです。

その後当時高山にはなかった”モダンな”焼きそばに行き着き、それ以来焼きそばが看板メニューに。

それから今日まで、ずっと同じメニューが続いてきました。

 

ずっと変わらないメニュー。何代にもわたるファンがいる。

 

昼時ともなると、あっという間に満席になるこのお店。

テーブル席が40席。カウンター席は10席。合わせて50席。

これだけの席数があるのに、お店はご家族とその近しい人だけで経営しています。

お昼の時間は、会社勤めの人がほとんど。

ほとんどの人が、焼きそばや中華そばに、ごはんと漬物をプラスした「定食」にするのだそうです。

「高山の人には当たり前なんだけど、外の人にとってはちょっと変なんでしょう?

炭水化物に炭水化物って。私は生まれたときからずっとこれだから、当たり前なんだけれど」

と真理子さんは笑います。

 

いつも混んでますね、と言うと、「おかげさまで」と照れたように笑顔を見せる真理子さん。

 

「お客様がいつも来てくださってありがたいことなんです」

 

という感謝の言葉は、お話を聞いている間、何度も出て来ました。

真理子さんの謙虚で感謝を忘れない人柄が伝わってきます。

 

週に3-4回訪れるお客さんも多いそうです。

 

「そんなお客さんたちは何十年も通ってくださってるから、

私たちもお客さんの顔をみたら、どのメニューを準備したらいいかわかるんです。

焼きそばだったら、具に何を入れるかとかも」

真理子さんは、生まれてからずっとこのお店とともに育ったこともあり、

いつかは自分が継ぐのだろうとずっと思っていたそうです。

ご主人と結婚後、ご主人も一緒に働くようになりました。

 

お店が長い間変わらずにそこにあるからこそのエピソードも。

引っ越して飛騨を離れて住んでいるのに、

帰省するたびに”久々に帰って来たから寄ったんや”と訪ねてくれるお客さん。

 

昔、両親に連れられて来ていた小さな子どもだったのに、

今度は自分の子どもを連れて来てくれるお客さん。

 

「そんな場所でいられることが、本当にありがたいですね」

 

常連さんが通い続けるお店では、今日も変わらない味をつくり続けている。

 

実はこのお店、なんと20年も前からアルファベット表記のメニューを始めたのです。

観光地という土地柄、当時から外国の方が来ることがあり、

日本語だけではなく外国の方もわかるようにと始めたそうです。

当初は「YAKISOBA」のようなローマ字表記だったそうですが、

その後、全メニューを英語対応し、加えて全てに写真を入れることで外国のお客さんも頼みやすくなりました。

さらには外国に住んでいたスタッフが仲間入りし、英語の接客までできる心強い体制になりました。

 

年々、外国人観光客が増え続ける高山の町。

今では、ちとせを訪れるたび、外国人と地元のお客さんが肩を並べ、

焼きそばと中華そばを食べている風景に出会います。

 

もちろん、その近くには、にこにこと接客をされるスタッフのみなさん。

きっとこの先もずっと、愛され続けて行くであろう景色がそこにはありました。


基本情報
ちとせ
住所:〒506-0026岐阜県高山市花里町6丁目19
電話番号:0577-32-1056
営業時間:<平日>11:00-14:50,17:00-19:00<土日祝>11:00-19:00
定休日:火曜日

白石 実果(2017年度ライター)
白石 実果(2017年度ライター)

世界各国で暮らしながら旅をしたのち、飛騨古川に移住。国際NGO、ITベンチャー、外資系メーカーを経て、現在は英会話講師・通訳案内士・暮らしのデザイナー。古民家のセルフリノベーションをはじめ、パーマカルチャーの視点を取り入れた循環する暮らしを営んでいる。

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